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「ソウル」と「スピリット」

  • akiko
  • 2020年4月25日
  • 読了時間: 4分

こんにちは。

今日は、私が精神世界に興味を持ってから疑問に感じたことの一つについて、お話しますね。

例えば『聖なる三位一体』と言った時に「ボディ、マインド、ソウル」という場合と「ボディ、マインド、スピリット」と書いてある場合がありますよね?スピリットって書いてあるものを「精神」と訳していたり、かと思うとマインドを「精神」と訳しているものもあったり、、、スピリットとソウルを「霊魂」と一つにまとめて同じように取り扱っていたり。一体、ソウルとスピリットの違いって、何なんでしょう?どうやって使い分けたらいいの?

この問題ってもしかしたら三次元の視点では説明できない、もしくは視点によって解釈が異なってくるのかもしれないんですが、私がこの素朴な疑問を抱いて以来色々な本を読み調べ、最も腑に落ちた答えをくれたのは以前もちらっと触れたゲリー・ボーネルさんでした。

ゲリーさんは「ボディ、マインド、ソウル」とか「ボディ、マインド、スピリット」とかいう言葉を使わず、 人間存在とは「ソウル(トライアード)」と「スピリット(ダイアード感覚意識)」という多次元存在が、一つの肉体や五感というとても小さな容器の中に入っている状態だと説いています。
トライアードというのが永遠に変わらない普遍的な第一次存在であるのに対し、ダイアードとは常に進化する存在で、同じ血統に生まれ変わっていくのだそうです。血統が途絶えた時には、似た周波数の違う血統に生まれ変わるのだとか。 (正確には、ダイアードには物質と非物質の二つの側面があり、このうち 物質の部分は肉体で、物質の部分がスピリットにあたるそう。 )
ソウルは、スピリットの進化を助けるため、毎回違うスピリットとタッグを組み(ダライ・ラマは例外らしい)、そして最終的に進化したダイアードスピリットはダイアードソウルになるのだとか。それがダイアードの最終目標なのだそうです。
これを自分自身に当てはめて説明するなら、こういうことでしょうか。
私の魂(ソウル)は、きっと色々な時代の色々な場所に転生していると思うんです。海外に行くたびに、懐かしさや縁を感じる場所があるし、「ああ、私はここにもいたんだなあ」なんて感覚もあります。
でもそれと同時に、ご先祖様から引き継いできた「何か」も感じるんですよね。血筋は争えない、なんてよく言いますが、例えば意識したわけでも教えられたわけでもないのに、嗜好や癖が親子や親戚で似ていたりするのがこれにあたる気がします。それは同じ血統の中で進化してきたスピリットなのかな、なんて。
日本には、暦の上で宇宙の大きな流れを大切にするだけでなく、昔からそういったご先祖様を大切にする習慣があっていいなと思います。私もお彼岸やお盆だけでなく、折に触れてお墓まいりをするのが大好きだし、ご先祖様のお墓に行くと、とても落ち着きます。
このダイアードとトライアードの考え方はゲリーさんの解釈と表現なので、世の中には他の解釈や表現もあるかもしれませんが、いずれにしてもソウルとスピリットは違う、という認識でいいのではないかと個人的には思っています。
そして、スピリチュアル本に書かれている「spirit」のことは「精神」と訳さず「霊」と訳したほうがわかりやすいと思うし、また、日本語でいう「精神」にあたるのは「mind」が適切なのではないかな、と思います。英語のニュアンスを日本語で表現する時に適切な言葉が見つからないことは多々ありますが、私は疑問に思ったら原書を調べて、確かめながら読んだりしています。
他言語から他言語への翻訳をする時も、微妙なニュアンスの表現やそもそもそう言った感覚を持っているかどうかなどの問題で訳すのが難しい言葉もあるように、宇宙の情報もこの三次元の表現では訳しきれないのかもしれません。
「そんなこと知ってこの現実の世界に何の得があるの?」と人が思うようなことばかり、気になってしまう今日この頃です(笑)。
 
 
 

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