スピリチュアルな生き方とは
- akiko
- 2021年5月27日
- 読了時間: 6分

こんにちは。
日本では一年で一番過ごしやすい(と個人的に思う)4月中旬〜5月くらいの気候があっという間に過ぎ去って、雨の季節の到来です。
今年は梅雨入りが早いですね。この時期はどうしても体も心も重くなりがち。軽やかな気持ちで過ごしたいところです。
先日、ずっとお会いしたいと思っていたある方のワークショップに参加してきました。その方は、いわゆる「覚者」です。多くの秘儀を身につけ、神秘体験もたくさんされてきた方です。
でもその方のワークショップには、スピリチュアルな用語は全然出てきません。高次元というより、どちらかと言えばこの三次元でいかに生き抜くか、というお話です。
正しい立ち方や座り方、体の部位の持つ意味についてのとても本質的で大切なお話と、彼がこれまで触れ合ってきた全く普通の(というのは、特別なサイキック能力があったり特にスピリチュアルの勉強をしているわけではない、という意味で)人たちの、心温まるエピソードでした。
それは神秘体験、と言われる類のエピソードではないですが心に響くお話ばかりで、深く共感しました。
その「普通」の話の中にたくさんのスピリチュアルな気づきが詰まっているのです。
参加できてよかったな、と心から思えるワークショップでした。
そのワークショップを通じて、私はある出来事を思い出していました。
3年前、ハワイのマウイ島に行った時の話です。
私はある知人を尋ねに行きました。彼とはその前年セドナで出会い、冬の間はマウイ島にいる、というので会いにいくことにしたのです。
友人も一緒に行く予定でしたが、家庭の事情が重なって来られなくなり、結果的に私一人で会いに行くことになりました。
彼は、”いわゆる”スピリチャルな人間で、例えば、食べ物に添加物はおろか、一つでも彼が認めない種類の品質が入っていたら一切口にしません。
マウイはかなりオーガニックな文化が進んでいて、そこら辺の小さなスーパーでも自然栽培の野菜や果物や、オーガニックで純粋なものが置いてあるという、日本からみるとかなり恵まれた環境ですが、相当吟味して「これなら彼も大丈夫だろう」と思うようなものを買っていっても、成分の中の何かが気になったらしく、その食べ物を口にすることはありませんでした。
うちではほぼ裸で暮らしていて(もちろんセクシャルな雰囲気は微塵もなく)、筋トレをしたり、どこかのマスターが唱えるマントラの音源を聴いたり、瞑想したりして暮らしていました。
ドルフィンスイムやネイチャーガイドの仕事もしているようですが、それも時々のようだし、あくせく働いている様子はなく、彼の友人が、住む部屋や食料も含めて彼をサポートしているようでした。精神世界の色々な情報を知っていて、ものすごくストイックで、浮世離れした生活をしていました。
私は、彼の住む(彼の友人の)家に数日一緒に滞在させてもらうことになり、しばらくそんな彼の暮らしぶりを観察していました。
滞在中のある日、こんなことがありました。
ギターを弾き、歌も歌う(しかも上手い!)彼は、私に一緒に曲を作ろうと言い出しました。
初めは上機嫌でスタートしたのですが、スマートフォンで録音しようとしても感度が悪くてなかなか思うように動かなかったり、また作ったメロディを思いだすのに苦労したりで、彼は目に見えてイライラし始めました。
そのうちに、彼の苛立ちは何故か私に向けられるようになり、しまいには大声でどなり始めました。
私に対して怒っているわけではなくて、機械の操作の不具合や、スムーズに作業できないもどかしさに苛立っているのはわかるのですが、私自身もどうしてその怒りが自分に向けられるのか納得がいかず、とても悲しい気持ちになり、「疲れたからもうやめたい」と言って、自分の部屋に戻りました。
そもそも彼の作る歌は、「世界は美しく、神はいつも見守ってくれている〜」みたいな内容で、正直に言うならば私はそれにちっとも魅力を感じていなかったし、ましてやそんなに不機嫌な態度を示されては、全く楽しい気分になれなかったからです。
それから彼は私の部屋をノックして、先程の行いを詫びる様子は全くなく、滞在中毎晩していたように庭で星を見ようと誘ってきました。
私は、今はそういう気分じゃないからもう少し時間が欲しい、と答えました。
長い時間お風呂に浸かり少し気分が落ち着いてきたところで、このままの気分で明日の朝また彼と顔を合わせるのもそれはそれで嫌だなと思い、庭にいる彼のところに行きました。
すると彼は、突然泣き始めたのです。
彼は「君が僕のトリガーになった」と言いながら、両親との関係や、これまで溜め込んでいた感情を一気に吐き出し泣きじゃくりました。
私は、彼にこう言いました。
「あなたは、マスターになりたいと思って生きているかもしれないけれど、私は、マスターになりたくてこの世に生まれてきたんじゃない。
私は、生まれる前にこの人生で自分が経験してみたいと決めてきたことを、ただ経験しているだけ」と。
私は、彼のようにストイックには暮らせません。
口にするものもなるべくナチュラルでオーガニックなものを選ぶようにはしていますが、どうしてもそういったものが手に入らない環境だってあるし、誰かがおもてなしの心を込めて作ってくれたものは、体によくないものも多少のことは気にせず、ありがたくいただくようにしています。
瞑想もしていないし、マスター誰それのマントラテープも「宇宙が〜愛が〜神が〜」みたいな音楽も聴かないし、法律に触れるようなことはしませんが(笑)、時には少々悪いことだってきっとしています。
けど、私はそれも全部含めて、生きている。幸せを感じたり、嬉しい出来事もあるけれど、もちろんそんな素晴らしいことばかりじゃない。
悲しい思いも苦しい思いもするし、いろんな感情が溢れていて、悲しくても感動してもすぐに泣くし、時には怒りを覚えたりもする。
でも私はその人生を、思いっきり抱きしめて生きようと思っている。
だってこんな想いはきっと、三次元でしか経験できないから。
だからと言ってこの物質世界がすべて、と思って生きているわけではありません。
彼は高次元を目指す、高い意識を持った人間です。
でも彼はあんな風に生きて、いつの日か覚醒し、マスターになれるのでしょうか?
そもそも、スピリチュアルな生き方って何でしょうか?
精神世界の情報に通じていたり、瞑想したりすることでしょうか?
「今、ここ」にあることでしょうか?
汚いものを排除し、美しい言葉や風景だけに触れることでしょうか?
それとも、感情の揺らぎを少なくすることでしょうか?
私にとっては、地に足をつけて、自然に感謝して、人の温かさに涙して、誰かを好きになったり、時にはハメを外したり、憤慨したり、とことん落ち込んで、
一晩中泣いたり飲みすぎて二日酔いになったり、それでもまた太陽の光を浴び、穏やかで優しい風に吹かれながら「あぁ、気持ちいいな〜、ありがとう」って感じること。
人のことはともかく少なくとも私は、もっともっと人生を楽しみたいし、生きることを思い切り堪能したい。
高次の世界の法則は、シンプルでとても本質的なことだったりします。
BIGIN NOWやShampooの講座を通じて学んだこともそうです。
そのシンプルなことに気づいていなかったり、知識として知ってはいても実際にそのように生きられてない、ということは多々あります。
全然上手くいかないことだってあるし、たくさん悩んで、つまづいて、遠回りもします。
でも、すべてが思い通りに上手く運んで、素晴らしいことしか体験しない人生だったら、どうしてわざわざこの三次元の地球に生まれてきたのでしょうか?
スピリチュアルな生き方、それは決して精神世界に通じることだけでなく、
しっかりと現実を見据え生き抜く力とのバランスだと、私は思います。




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