ジャックマイヨールとフリーダイビング
- akiko
- 2020年3月30日
- 読了時間: 5分

こんにちは!
みなさんは、ジャック・マイヨールという人物をご存知でしょうか? リュック・ベッソン監督の映画『グラン・ブルー』のモデルになった伝説のフリーダイバーです。 先日、彼のドキュメンタリー映画を観に行ったので今日はその話題から。
フリーダイビングとは、呼吸するための器材を使わないダイビングのことで、競技としては昇降機やフィンを使う、使わない、とか細かく種類が分かれています。ジャックが挑戦したのは「NLT(ノーリミッツ)」という、サボーラという乗り物に乗って潜降し浮上する競技で、 まだ人間が息をこらえて潜る理論的な限界水深は30数メートル程度と言われていた時代に、水深100mという前人未到の記録を打ち出しました。
さらに驚くべきことは、ジャックがこの驚異的な数字を出して以来、フリーダイビングの記録というものはどんどん更新されていて、ジャックが挑戦した競技 「NLT(ノーリミッツ)」の現在の世界記録は、オーストラリア人のハーバート・ニッチの持つ214mへと大幅に塗り替えられています。
技術や器具の進歩ももちろんあるでしょうが、これは人間の集合意識(正確には[集合的無意識])が変わったことに起因している気がするんですよね。 集合的無意識 とは、私たちの無意識の深層に存在し、国や民族を超えて人類全体に共通する意識としてスイスの精神科医/心理学者であるカール・グスタフ・ユングが提唱した概念です。例えば、神話や宗教、芸術には、時代や地域を超えて共通するテーマ、イメージが多々あります。どの時代のどの民族も花を美しいと感じ、太陽を崇め、海を神格化します。その、見えないところで繋がっている人類全体の意識のことです。
たとえジャックの成し得た偉業を知らずとも、「人はもっと深くまで潜ることができる」という意識が全人類に広がったのだと考えます。
人間の運動能力や身体能力がどんどん伸びているのも、この集合的無意識のせいかもしれません。肉体的な面以外でも、例えば以前よりアカシックレコードに誰もが容易にアクセスできるようになったり、特別な能力を開花させる人が増えていたりもするかもしれませんね。
最初の突破口を開く人は大変だと思いますが、一度道ができればそれに続く人はたくさんいて、どんどん常識が変わっていくのではないかと思うんです。
地球の重力だって、もしかしたら集合的無意識が変われば変わっていくかもしれません。
ところで、長い間息を止めている必要があるフリーダイビングでは、思考や雑念が命取りです。考えてしまうと脳は酸素を消費するため、水の中ではなるべく「無」であることを心がける必要があります。そのためにジャックは、普段からヨガや瞑想の訓練を取り入れていました。
彼の著書にこんな寓話が残っています。ある時、ジャックが沖縄の与那国島の海底遺跡を潜っていた時のこと。
「…海底の深い静寂のなかで、わたしはいきなり説明のつかない異様な感覚にどっと襲われ、打ちのめされた。
今眼前に広がっているのは、人間の手で改変され、美しい化粧を施された情景であることに気付いて、激しい衝撃を受けたのだ。
このようなものは、わたしは写真や映画を介して知ってもいたし、さまざまな意見も耳にしていた。
しかし潜在意識のなかに眠っていた感覚は五体から目ざめ、五感を超えて、わたしに告げていた。
おまえは今、突飛で説明しようのない、途方もないものを前にしているのだと。
それは想像を絶するものだったが、たしかにわたしの目の前にあり、わたしは人間の手が築きあげたその三次元の宇宙の中にいた。
それにしても、どんな人間がこんな途方もないものを築きあげたのだろう。
海と陸とを問わず、世界各地で見てきた大遺跡の数々を思い浮かべてみたが、これにはただ息をのむばかりだった。
人間の手がじかに石を削ったこの遺構は、どう見てもいわゆる原始人の築いたものではありえない。……」
「海の記憶を求めて」—ジャック・マイヨール、ピエール・マイヨール著
ちなみにこの前置きとしてこんなことも言っています。
「あらかじめ申し上げておきたいのだが、閉息潜水、つまり素潜りをしているときは、時間に限りがあって五感にも大きな制約が課せられているため、自分を取り巻く周囲の世界を平静に、知的に分析する時間は皆無と言っていい。
その時働く「知覚作用」は、直接的、動物的、瞬間的であり、わたしに言わせればかなり「正確かつ確実」なものである。
潜在意識に入り込んで直接に働きかけてくるこの「知覚作用」が、われわれを裏切ることはめったにない。」
ジャックはきっと潜水中、高次の意識と繋がっていたのでしょうね。それは思考をとめることを余儀なくされる「フリーダイビングという名の瞑想」をしていたからだと思います。
ちなみに私もこの海底遺跡をスキューバダイビングで潜ったことがあります。 中にはこれを自然の造形という研究者もいますが、どう考えてもこれは人為的に作られたものだろう、という感じが強くしました。これは自然の産物ではない、と。この海底遺跡だけでなく与那国島全体が、美しいながらもなぜか少し怖い感じもしました。
ジャックは晩年うつ病を患い、悲しいことに自殺という形で自らの生涯を閉じます。
イルカやクジラとも自然にコミュニケーションができ、「うつに効果的」とさえ言われている瞑想を昔から日常的に取り入れ、しかもかなり深いところまで瞑想することもできた彼がうつ病を患って自殺するなんて、誰が想像できたことでしょう。
でもここに一つ、瞑想の落とし穴がある気がします。
スピリチュアル・リーダーの中には「瞑想は危険」という人も決して少なくありません。有意義な効果もあるでしょうが、使い方を誤ると文字通り「魔がさす」ようなことがあるのだそう。
そして彼らの言う言葉は「無になるより、感謝することの方が大事」ということ。
ただ「在る」ことに感謝する。そう思えていたら、ジャックはもっと長く人生を生きられたかもしれませんね。
海って不思議で、私は長時間潜っていても全然疲れないしむしろ元気になるんですよね。そして、水中に漂っている時に、地上にいる時より多くインスピレーションをもらえる気がします。ジャックほど深く潜れませんが、海の青が深度とともに少しずつ濃くなっていき、しまいには太陽の光が届かない暗闇に向かって潜っていくのは、意識の奥深くに沈んでいくような感覚なのかもしれません。




コメント