般若心経とマントラ
- akiko
- 2020年4月12日
- 読了時間: 5分

こんにちは。
実は私がBIGIN NOWを知ったのは、佐藤ただすけさんというカウンセラーさんにShampooの講座をご紹介いただいたのがきっかけなんです。ただすけさんは Shampooの卒業生で、とてもキュートでガーリーで可愛らしい容姿とは裏腹に(!?)しっかりした信頼できるカウンセリングをしてくださいます。
一番はじめにただすけさんにお会いして悩みを相談した時に、「写経」してください、と言われました。それも32枚!(数にも意味があるそうで!)
それまでも、例えばお寺の写経会に参加したりしたことはありますが、自主的に写経したことはありませんでした。自分のご先祖様と、パートナーのご先祖様の供養のために写経してくださいと言われ、頑張って書きましたよ、32枚×2回!
(でも実は、枚数や納経の仕方を間違えて、実際には32枚×4回=128枚書くことに!!!ちょっとした写経マスターです(笑))
そこで今日は般若心経について触れてみます。
『般若心(プラジュニャーパーラミターフリダヤ)経』とは、日本では天台宗・真言宗・臨済宗・曹洞宗・浄土宗などで広く読まれるお経です。
有名なので、みなさんもきっと耳にされたことがあると思います。
お釈迦様のお弟子である舎利子(シャーリプトラ)の「深淵な智慧の完成のためにどのような修行をしていますか 」との問いに観音菩薩が応える形で書かれています。わかりやすく噛み砕いて現代的に説明してみるとこんな感じでしょうか。
“「五蘊(ごうん)」には実体がない。
(五蘊とは 人間の意識のもとになるといわれているもので、色・受・想・行・識という5つの要素があります。つまり人間の肉体、感じること、思うこと、行うこと、認識することには、すべて実体がないということです。 )
形あるすべてのものに実体がないのであれば、反対に、すべてのものはあらゆる形をとることができる。
実体がなければ、生まれることも滅びることもない。汚れることも浄らかであることも、増えることも減ることもないのだ。
感覚も想念も意志も認識もないし、眼、耳、鼻、舌、身体、心といった感覚器官もなければ、それに対する形、音、香、味、触覚といった対象もない。
悟りに対する無知もないし、無知がなくなることもない。
老いや死もなく、また老いや死がなくなることもない。
苦しみも、その原因も、それを消し去ることも、そしてその方法もない。
知ることもなければ、得ることもない。
心には、何の妨げもなく、妨げがないから恐れもなく、
心はずっと、安らかでいられる。”
と、「空」について説いています。
どうでしょう?素晴らしくないですか?
あの限られた言葉の中に、宇宙が描かれています。
訳の細かな部分には諸説あって、専門家でない私にはどれが正しいと言い切れませんが、いずれにしてもどんな解釈でも、この仏教の真髄である「色即是空」について述べられているのは明らかです。
私はこの般若心経の意味を始めて知った時、感動して思わず涙が出てしまいました。
そして般若心経はこのような言葉で閉められます。
“偉大な真言が、悟りへと導いてくれる。その真言は次のようなものである。
「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」
以上が、智慧の完成の真髄である。”
問題なのは、この最後の部分です。
この「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」というのは、真言、つまりマントラです。
般若心経はもともとサンクリット語で書かれていたはずで、その意味を漢字に訳して伝えられてきました。
でも、この最後の部分は言葉の意味として訳さずに、言葉の響きを残すべきではないか、というのが私の見解なんです。
なぜなら、サンスクリット語のマントラはちゃんとデザインされてできているので正しい発音で唱えないと意味がない、とインド人が言うくらい、響きを大切に作られているからです。
この部分を訳している方もいらっしゃるし、それが必ずしも間違ってるとは言えないかもしれませんが、ここは言葉の意味より響きを大切にするべき部分じゃないかと。
さらに言うなら、この漢字はもともとのサンスクリット語の響きの当て字としてあてがわれていると思うので、「ギャーテーギャーテー」ではなく、「ガーテーガーテー」ともとのサンスクリットの発音で読むべきなのでは、と思うんです。あくまでも私の個人的な推測にすぎないのですが、、、
しかしかく言う私はというと、サンスクリット語をきちんと発音する術もなく、ヨガのクラスの「OM」という短いマントラでさえ、本当のところどんな発音なのかよくわからず唱えているわけです(笑)。
ここでもう一つ逸話を紹介したいと思います。
ある村に、お経を唱えて人々の病気を治せると評判のおばあさんがいました。噂を聞きつけてお坊さんたちがおばあさんに会いに行ったところ、
おばあさんの唱えていたお経が、間違っていたのだそうです。
お坊さんたちはおばあさんに、正しいお経を教えてあげたのですが、そのあと何と、おばあさんの人を治癒する力が消えてしまった、というお話。
もしかしたらただの例え話かもしれないですが、それでも大切なことを伝えてくれていると思うんです。
音はそれぞれの周波数に異なった働きがあるくらいなので、宇宙的にデザインされた正しい発音にはもちろん意味があるのだと思います。
でもそれと同じくらい、そこに込める「意識」にも意味があると思うんです。
だからきっと、どっちも正解なんですよね。
正しい発音がわからなくても、せめてそこにピュアなエネルギーを込めて唱えたいと思います。
そして私たち日本人にとって、もっとも身近でもっとも美しいマントラはきっと
「ありがとう」
です!




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